本願を宗とし、名号を体とす

 歎異抄第十一章は歎異抄第一章「弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり」に対応しているといわれ、誓願が不思議だからたすかるのか、名号が不思議だからたすかるのを分ける「誓名別信(せいみょうべつしん)の異義を正す章となっています。

 

 誓名別信とは「誓願と名号とを別と信ずる」というもので、歎異抄第十八章まで八つならぶ異義のひとつです。誓願とは菩薩が仏道修行するときに立てる誓いと願いで、それが叶わないかぎり悟りを開かないとするもので、総願と別願に分けられます。総願とはすべての菩薩に共通するもので、


衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)あらゆる生き物をすべて救済するという誓願)

煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)煩悩は無量だが、すべて断つという誓願)

法門無尽誓願智(ほうもんむじんせいがんち)法門は無尽だが、すべて知るという誓願)

仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)仏の道は無上だが、かならず成仏するという誓願)


四弘誓願(しぐぜいがん)を指し、別願とは諸菩薩それぞれの願いで阿弥陀如来は48願、薬師如来は12願。阿弥陀如来(法蔵菩薩)の誓願は『無量寿経』に説かれ、なかでも18番目の誓願「設我得佛(せつがとくぶつ) 十方衆生(じっぽうしゅじょう) 至心信樂(ししんしんぎょう) 欲生我國(よくしょうがこく) 乃至十念(ないしじゅうねん) 若不生者(にゃくふしょうじゃ) 不取正覺(ふしゅしょうがく) 唯除五逆誹謗正法(ゆいじょごぎゃくひほうしょうぼう)」が最も知られこれを48ある誓願のうちの根本願、本願と言います。また、名号とは一般に如来と菩薩の名前ですが、ここではとくに阿弥陀如来の名前を指します。

 

浄土教ではあらゆる衆生が浄土に生まれることを第一義としますが、仏が衆生をすくうという行為は、それ以前の小乗仏教ではほとんど重視されていません。大乗仏教の経典が編み出されるなかで如来と菩薩が数多く生まれ、「すくい」が前面に出た仏教、それが大乗仏教であり浄土教です。すくうために菩薩は別願を立て、修行します。別願は現代風に言えばマニフェストで、それぞれの菩薩が目指すすくいの特徴ですが、その特徴はすでに如来と成仏したその名前に表れています。

 

如来とは「真に随ってたり現れた者」で、永遠の真理、涅槃、滅度、等正覚(三藐三菩提)、覚者、世尊、仏などとも言い換えられます。薬師如来、大日如来など多くあるなかでとくに阿弥陀如来は「永遠に、そして無限にわたしを照らす」という意味の名前ですから、その名前に誓願とすくいが込められています。「永遠に、そして無限にわたしを照らす」という如来の名前をわたしたちが口に称えることは、その誓願とすくいを受け入れ、その如来のはたらきにまかせていくということと同義です。

 

 わたしたちが口に称えるお念仏、「南無阿弥陀仏」は阿弥陀如来の名前です。南無とは梵語のnamasに由来する「まかせる」という言葉ですから、南無阿弥陀仏とは阿弥陀如来の誓願とすくいを受け入れますという意味です。「それがどうして阿弥陀如来の名前になるの?」。


如来の本願を説きて経の宗致とす、すなはち仏の名号をもつて経の体とするなり」(親鸞聖人『教行信証』)

(阿弥陀如来の本願は宗、つまりわたしたちが生きて死んでいくうえに欠かせない精神的支柱であり、阿弥陀如来の名前は体、その支柱がわたしに実体験されていくものである)


 念仏で助かるのか、それとも本願で助かるのかという議論はかつてからありました。「お前の称えている念仏は他力の念仏か、自力の念仏か」「自力の念仏では浄土へ参ることができんぞ」と。しかしわたしなど、念仏を称えることによって自力の心から離れられないことを知らせていただく毎日です。自力を捨てよ、本願に帰せよと教えられるのですが、どこまで行っても人間は自力のはからいというものが取れません。取れないということをなぜ知らせていただくかと言いますと、念仏を称えることにおいて知らせていただくのです。実体験していくところにわたしたちに寄り添う如来のすくいが感じられる、それこそ念仏の本当の姿です。


 河口湖のそばにある小学校でこのような標語が掲げられていました。「いいちえ、いいあせ、いいこころ」。良き智慧と良き修行の勤まるところに、良きすくいが宿るとは大乗仏教の教えそのものだなあとひとり感じ入ったのですが、阿弥陀如来に南無するとは、念仏を称えることが本願を受け入れることと同義だと知らせていただく、この標語と同じこころです。本願を離れた念仏はなく、念仏を離れた本願はありません。念仏は名号であり、名号が念仏になっていく世界、それが本章の味わいなのでしょう。